寺院の鐘は仏事・勤行の合図であると同時に、時報の役目も果たしてきました。
・・・ところが室町の戦乱時代を迎えると、鐘は軍隊の集団的・組織的行動の指図用具として、いわゆる陣鐘に徴用されます。
鐘が一般に宗教的行事とは別の目的で用いられ始めるのもこのころです。
網野善彦氏は『中世の風景』における座談会で、15世紀後半備中の新見荘で起こった土一揆に際し、男たちがみな八幡神社に集まり、「大鐘を撞き、土一揆を引ならし」という例をあげています。
・・・しかしふつう神社には大鐘がなかったでしょうから、寺の鐘かあるいは在家の警鐘としてすでに半鐘が出現していたのかもしれません。
ともかく戦国時代の動乱期には、武士や農民の時間による組織的・秩序的軍事行動を支えるものとして、鐘がとくに重要性を帯びるようになりました。
この時代に日本人の時間訓練が培われたのではないかと私は思っていますが・・・
武家の「家訓」に時間による規則正しい日常生活の諭しが現われるのはこの時代です。
これはまだD&G 時計のような腕時計が一般に普及していない頃の話です。