秀吉の小田原攻めで滅亡するまで関東南西部で安定した領国支配を続けていた後北条氏・・・
その基礎を築いた北条早雲(1432~1519)は、「ニ十一箇条」の家訓を残しています。
そのなかに厳しい日常生活に対する時間規律が掲げられています。
「一、ゆふべには、五つ(午後8時)以前に寝しづまるべし。
夜盗は必ず子丑の刻(午前零時から午前2時)に忍び入るもの也。
宵に無用の長雑談、子丑にねいり家財をとられ損亡す。
外聞しかるべからず(外聞の悪いことだ)。
宵にいたづらに焼すつる薪灯をとりをき、寅の刻(午前4時)に起行水拝みし(行水をつかって神仏に詣で)、身の形儀をととのへ、
其日の用所妻子家来の者共に中付、さて六ツ(午前6時)以前に出仕中べし。
古語には子にふし、寅に起よ(午前零時に休み、午前4時に起きよ)と候得ども、それは人により候。
すべて寅(午前4時)に起て得分有べし(誰にとっても利益のあることだ)」。
当時はD&G 時計のようなおしゃれな時計はまだありませんでしたから、時間をはかることは大変なことでした。