「わたしたちの運命を、ある程度まで管理する方法は知り得るけれども・・・
やっぱり結局においては予測できない偶然だけは知ることを得ない、というのがわたしたちの実感・実情なのである」
・・・以上によって、偶然と運が宗教や哲学とのあいだに、どのように大むかしから綿密なつながりがあったかという探求は、どうやら一つの疑問符に到達して一応適当なあいまいの内に終了したと思います。
要するに人びとは、むかしから今まで、べつべつの立場からであるとは言え、ともかく運という観念を信用しないという点では、すべて一致しています。
その結果、運という観念は暗々裡の禁忌となり、運というものが正当に研究されてよい程度に研究されたり論じられたりすることが、さまたげられて来たのです。
・・・しかし、なんと言われようと、人間生活のなかでおどろくべき活力をあらわす"運"というものは、たしかに注意ぶかい観察にあたいしますね。
電話での占いはココです。