タマサート大学の「日・タイ比較経済学会」開催に対する資金協力は、1年がかりでようやく認められました。
しかし、新聞発表はしないという条件のもとにでした。
しかし、討論を重ねるごとに双方の態度は実証性をまし、批判に反批判をもってあたるようになりました。
研究者のレベルでの討議は、非難合戦ではなく、対話になりはじめているといってよいでしょう。
85年8月、タイ政府は『タイ・日経済構造白書』を発表しました。
やがて、いくつかの日本の新聞も取り上げたし、バンコク日本人商工会議所も見解を発表しました。
私も白書発表の後、いくつかの会合で白書に関して発言する機会を持ちました。
経済社会開発庁にいたとき、私は、この作業のアドバイザーを命ぜられていましたが、任期の関係で業半ばにして帰国しなければならなかったのです。
・・・それだけに、発表を知ったとき、そしてその後の関連情報に接するたびに熱いものを覚えました。